無条件幸福

AC後の話
 

 

閉じた瞼から透ける淡い日の光と、
挽きたてのコーヒーの微かな香り

遠くに聞こえる笑い声と、
窓からそよぐ風

ゆるやかに五感を刺激され、クラウドはゆっくり目を覚ました。

時計の針はいつもより遅い時間を指している。
ベッドから起き上がろうとして、何やら考え、それを止めた。
再びシーツをかぶり、狸寝入りを決め込む事にする。
しばらく待っていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。
控えめなノックの後、ゆっくりとドアが開き
そこからコーヒーの香りが一層濃く漂った。

 

「おはようクラウド、起きて」

 

シーツからのぞく髪に柔らかく触れながら、ティファはベッドの端に腰掛ける。

その隙を逃さず、細い手首を掴み
強引にベッドの中に引きこんだ。

 

「きゃあっ」

 

中途半端は体勢でバランスを崩した彼女は
難なくクラウドの腕の中に納まる。

 

「起きてたのね!」

 

何とか脱出しようともがく体を
逃がさないとばかりに更に強く抱き込んだ。

 

「離しなさい!」

ぷぅと頬を膨らませた可愛い抗議に
ちょっと意地悪をしたくなる。

 

「離さないって言ったら?」

「もう!ふざけないで!」

「このまま昨日の続き、してもいい?」

「......!ばっ、ばか!」

 

彼女の顔は見る見るうちに赤くなり
体は腕の中で小さくなった。

そんな様子を見ていると、冗談めかした欲望が
本気のそれに変わりそうで、流石にまずいと
渋々彼女を解放する。

 

「子供たちも待ってるから、早く顔を洗って来てね」

 

火照る頬を両手でピタピタ叩きながら、
そそくさと部屋を出ようとする彼女を呼び止める。

 

「ティファ」

「なあに?」

「顔、真っ赤だ」

「........!知らない!」

 

バタンっと少々乱暴に閉められたドアの向こう側から
階段を駆け下りる音が聞こえる。

クッ、クッと笑いをかみ殺しながらベッドから跳ね起き
大きく一つ伸びをした。
毎度繰り返されるこんな些細な戯れも
クラウドにとっては大切な時間の一つだ。

窓の外に目をやると抜けるような青空が広がっている。
今日は一日何をしようか、そんな事を考えながら
洗面所で顔を洗い、賑やかな声のする階下へと下りて行く。

 

「あっ!起きた〜。クラウドおはよう!」

「おはよう、クラウド!遅いよ。俺、腹ぺこぺこ!」

「見て見て!サラダ!デンゼルと二人で作ったんだよ!」

「トマトは俺が切ったんだ!」

「ふふっ、二人ともがんばったんだから。おいしそうでしょ?。」

 

朝から元気にはしゃぐ子供達と、傍らで優しく微笑む彼女。
いつもと変わらないやり取りの中
まるで一枚の絵のように、そこに存在する空間。
何度も見ているはずなのに何故だか目が離せず
クラウドはしばし、その光景にぼんやり見惚れる。

 

その刹那、脳裏によみがえる記憶。

 

ー冷たい教会の床ー

ー味のない食事ー

ー悪夢にうなされる夜ー

ー黒く染まる包帯ー

 

モノクロームの景色の中、その残像は
脳裏に湧いては消えていく。

 

 

「どうしたの?クラウド、早く座って?」

「えっ?.......あぁ.........」

 

ティファの声で我に返る。

未だ胸に深くこびり付くあの時の孤独は
時折蘇ってはクラウドを掻き乱す。

 

特にこんな朝は───。

 

一度は遠ざけたぬくもりが、ひと際愛しく思えるこの瞬間に。

 

目の前の景色が不意にゆがむ。

不覚にも泣きそうになった。

随分遠回りしてわかったのだ。
幸せになる為の条件などないという事に。
この胸の痛みはそれを見失わないように
いつまでも鮮やかに残るだろう

今のこの時を失いたくないと、強く願えば願うほど。

にじむ目元を大きなアクビ一つで誤魔化す。

.......気付かれていないだろうか?.....

照れ隠しにもう一度アクビをして、家族の集まる温かい輪の中へ─

 

ー今日はどこかへでかけようー

 

クラウドの提案に子供達が歓声を上げ、
賑やかな食卓は更にその賑やかさを増す。
その様子を嬉しそうに見ている彼女は、とびきりの笑顔だ。
つられてクラウドも笑う。

幸せで泣けるなんてあるんだな

そんな事をふと思う。

いつもと変わらない休日

 

永遠と繰り返される飽くことなき日常

 

 

それを「幸福」と呼ぶ

 

fin.