Snowscape

本編中の話
SIDE:CLOUD

 

唸るような突風。
打ち付けられる雪の結晶は、鈍い音を響かせて窓ガラスに張り付いていく。

天候はひどく荒れていた。

北の大地の夜は早い。
その上、視界を奪うような猛吹雪。小さな窓から見える景色は、漆黒の闇一色となっていた。

真っ暗な窓の先をクラウドは見つめている。ベッドの中で寝返りを打つのにも飽き、随分前からこの状態だ。一向に襲ってくる気配のない睡魔に悪態をつきたくなる。
「心地よい睡眠」を既に諦め、今日の出来事をぼんやり思い出していた。

一年中雪に覆われている村、アイシクルロッジ。

昼近くに一行はこの村に到着した。ここから大雪原へ入り、ガイヤの絶壁を越えると、いよいよ北の最果てへと足を踏み入れることとなる。

徐々に濃厚になるセフィロスの気配に、クラウドはいてもたってもいられない気持ちだった。何をおいても先へ進まなければならない。そんな思考で支配されていた。冷静に考えれば無謀なのだ。中途半端な時間に、天候も装備も確認しないまま、絶壁へ挑もうとするなんて。

『この先は勢いだけで進める場所じゃねぇぞ』

諌めたのはバレットだった。

正論だ。

普通に考えれば正気の沙汰じゃない。
頭ではわかっている。しかし、それ以上に押し寄せる不安、掻き立てられるような焦りはクラウドから冷静さを奪っていた。

『俺達に、立ち止まっている余裕なんてないだろ』

一触即発の不穏な空気が流れた。

そこに割って入ったのがティファだ。

『ねえ、クラウド、今日は村で一泊して装備を整えてから早朝に出発しましょう。長旅で皆も疲れてると思うし、体力を回復した方が明日の為にもいいんじゃないかな。ね?そうしない?』

この提案から、今こうしてこの村で夜を迎えている。

(あの時、無理に先へ急がなくてよかった・・・)

夜分に天候が急変したのだ。夜の雪山での悪天候。どうなっていたかわからない。

(・・・・リーダー失格だな)

クラウドは深いため息をついた。
幾分冷静さを取り戻したせいか、反省はしている。しかし、推し迫ってくる焦燥感は尚色濃く、重く、払っても払ってもついてくる影のようだった。いつしかその影が自分と取って変わってしまうような、そんなバカげた妄想も、今では笑い飛ばせない。それが気のせいではない事を、ここにきて実感しつつあるからだ。
その恐怖は、日に日にクラウドの中で大きくなっていった。取りつかれたようにセフィロスを追うのも、もちろん因縁に決着をつける為でもあるが、この言いしれぬ不安の答えが見つかると、何か確信めいたものの所為なのかもしれない。

(いや、そう思い込みたいだけかもな・・・)

「・・・・くそっ」

頭をガシガシとかきむしった。余計な思考は無駄に混乱を煽るだけだ。ここにいてもどうせ眠れないのだ。暗闇にいると息がつまりそうになる。
クラウドはブランケットをはおり、部屋を抜け出した。

 

 




吹雪の音が廊下に響いている。吐き出す息は白く、ここが極寒の地である事を再認識させられる。1階のロビーへ続く階段を下りると、小さな暖炉に辛うじて残った火種が、細い煙を燻らせている。流石にこの時間に人気はないだろうと思ってはいたが、人っ子一人いないロビーは想像以上に閑散とし、まとわりつく冷気も一段と冷たさが増したように感じる。
暖炉脇に置かれた薪を数本中へ投げ入れると、クラウドはその前に胡坐をかいて座った。

自分がわからなくなるのは今に始まったことじゃない。考えたって何も変わらない。立ち止まらずに前に進むだけだ。
そう、自身に言い聞かせても気持ちは晴れなかった。ずっと胸の内にくすぶっているもの。その存在が不安に一層拍車をかけるのだ。

(なぜ、ティファは俺を避ける?)

今日は久々に会話をしたような気がした。それでも目は合わなかった。

(まともに顔を見たのはいつだ?)

思い出すのは、いつも伏し目がちに眉を寄せている顔、何か言いたそうに視線をそらした表情。

薪を飲み込んで、生き物のように少しずつ大きくなる炎を見つめていると、故郷のあの出来事が脳裏をよぎる。目の奥に張り付いて離れない光景。
カームであの日の事をクラウドが語ったとき、ティファはずっと黙っていた。思い出したくなかったからだろうと、勝手に理解していたが、その頃からティファはクラウドと距離を取り始めたように思う。
最初は些細な事からだったが、徐々に違和感は大きくなっていった。
そのことが何故こんなにも不安で、イラつくのか自分でもわからない。何度か問い詰めようとしたが、更に彼女との距離が広がりそうで、それができなかった。

「・・・・はぁ」

今日何度目かのため息を吐いたその時、

「クラウド?」

突然呼ばれて振り返ると、そこには驚いた顔をしたティファが立っていた。

「!・・・ティファ?」

「びっくりした・・・まだ起きてたんだね」

驚いたのはクラウドの方だ。誰かが階段を下りてくる気配に全く気付かなかったとは。それほど物思いに耽っていたのだ。

(・・・・隙だらけだな、俺)

そんなことを思いながら、突然現れた彼女に心臓はまだ早鐘を打っている。

「ティファこそどうしたんだ?こんな時間に」

羽織ったブランケットの端っこを引っ張りながら、気まずそうに彼女は答える。

「えっと・・、最近よく眠れなくて・・。寝つきが悪いっていうのかな・・・。今日ね、売店でカモミールのティーバッグを見つけたから、キッチンでお湯を貰おうと思って」

「そうか・・・」

「クラウドは・・・どうしたの?何かあった?」

伺うような声色。

「いや・・・俺も眠れなかったから」

 

短い沈黙──

 

どうしていいかわからないのは、お互い様なのだろう。

「・・・・・・あ、だったら、クラウドも飲まない?このお茶、リラックス効果があるみたいで、よく眠れるって」

クラウドは考える間もなく返事をした。

「ああ、頼む」

 

 




暫くして、暖かい湯気の上るカップを2つ持ってティファが戻ってきた。
クラウドにそれを手渡すと、少しの隙間を空けて横に座る。

 

長い沈黙──

 

お茶をすする音だけが空間に響いた。

突然降って湧いた二人だけの時間に、クラウドは正直戸惑っていた。何を話していいか分からない。それはそうだ。ついさっきまで、ティファとの距離感について散々頭を悩ませていた所だ。

聞きたい事はある。でも、それを口に出す勇気はなかった。

沈黙に耐えかねたのか、先に口を開いたのはティファだった。

「雪・・・すごいね。」

「・・・そうだな」

「ミッドガルには雪が降らなかったから、一面雪景色なんて、久しぶり」

ちらっと盗み見た彼女の横顔。不規則にゆれる暖炉の火に照らされて、表情がよく読み取れない。

「ここの雪はサラサラしてるのね。とっても柔らかいの」

「ああ、俺たちの故郷の雪とはだいぶ違うな。もっと水分を含んで重たかった。雪かきに苦労したよ」

「・・・うん。冬は大変だった」

何気ない会話。当たり障りのない普通の会話。しかし、見えない薄い壁が二人の間にあるような、そんな空気。

「5年前・・任務で帰った時も雪が降る季節じゃなかったからな」

ふと漏らした言葉に
彼女が微かに息を飲む音が聞こえた。

 

 




 

(5年前・・・)

突然脳裏に浮かんだアンダージュノンでのやり取り

『俺とセフィロスがニブルヘイムに行ったとき ティファはどこにいた?』

その問いに一瞬止まり、

『5年前なのよ、覚えてないわ』

そう言ってティファは何かをはぐらかした。

あの日の事を覚えていないなんて、そんな事あるんだろうか?アバランチで活動しているのもセフィロスを追っているのも、正にあの事件が根底にあるからじゃないのか?
何だ?この矛盾は。ティファは何かを隠してる?

それは俺には言えない事なのか?

動悸が早くなった。今まで感じたことのないような圧迫感が胸の内に広がっていく。

「ティファ……5年前のあの日…」

「わ、私…!もう遅いし…休むね。」

クラウドの言葉を遮るように、ティファは立ち上がった。

「…おやすみなさい」

そのまま振り返らずに立ち去ろうとする彼女の腕を、クラウドは反射的に掴んでいた。

お互い動けないまま時間だけが過ぎていく。

「クラウド・・・腕・・痛いよ」

掴んだ手には無意識に力が籠っていた。
何か言わなければ、そう思っても言葉が一つも出てこない。
自分でもよくわからないこの心情をどう説明すればいい?

 

まるで迷子の子供のようだ。

 

ただ、この場所に置いて行かれる事が、
ティファが自分の前から居なくなってしまう事が、
背を向けられる事が、

 

何より

 

怖い

 

「・・・・ティファ」

辛うじて絞り出した声に反応して、彼女がゆっくりと振り返る。
その顔は今にも泣き出しそうで、茜色の瞳に、暖炉の炎がゆらゆらと反射する。

彼女の目をまともに見るのは、いつぶりなんだろう。それなのに何故俺は、こんな顔をしているんだ?

その瞳に映るのは、泣き出しそうな、子供のような、情けない顔をした自分。

 

・・・・悔しかった。
・・・・認めてほしかったんだ
強くなれば 認めてもらえる
きっと…

 

 



 

思考より先に感情が爆発した。

 

もう、止められなかった。

 

掴んだ腕を引き寄せて、唇を奪う。
一瞬強張った彼女の体。
手の中から滑り落ちたコーヒーカップが派手な音を立てて割れた。

一度唇を離してその顔を覗き込む。驚いたように見開かれた瞳には、拒絶の色はない。困惑したように、ただ儚く揺れている。何か言いたそうに口元が微かに動いたが、それは言葉を紡がなかった。

聞かなければならない事がたくさんある。話さなければならない事も。何も解決なんてしていない。2人の間の、何も。

 

でも、そんな事はもうどうでもよかった。

 

 

──俺はティファが欲しい──

 

 

再び重なった唇。何度も角度を変えて、徐々に激しく深くなっていった。
息もできないくらい合わさった唇の端から、小さく嗚咽が漏れる。

 

ティファは泣いていた。

 

その理由はわからない。
涙を止める術もきっと・・・・俺にはない。
そう思うと胸の奥が軋んだ。
だからその涙に気付かないふりをする。

気付かないふりをして、上辺だけの繋がりを必死で貪る。

 

 

でもマシだ。

 

触れられないよりは、ずっとずっとマシだ。

 

 

 

この感情に答えなんてないとしても。

 

 

 

傍にいられたらそれでいい。

 

 

 

──そうだ

──ただ、それだけだ

──それだけで大丈夫なんだ

──きっと、大丈夫・・・

 

 

 

明日になれば、また真っ白な世界へ

何もかも雪が覆いつくすだろう

今この瞬間も

ぬくもりも

 

 

なかったかのように

 

 

全て──

 

 

fin